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問題はこちら(画像をクリックするとPDFファイルで開きます。)決して簡単ではないですが、確率の原則を確認する上で非常にいい問題です。 まず、同様に確からしいということについてです。 同様に確からしいということについて東大に受かる確率について 受かる or 落ちる の2通りなので、\(\displaystyle \frac{1}{2}\) と聞いて、明らかにおかしいと感じてくれると思います。 当然、この「2通り」の起こりやすさが違うわけです。 全事象(起こり得るすべての根元事象)の起こりやすさが全て等しいとき、「同様に確からしい」と言います。 先ほどの東大の例の「受かる」と「落ちる」という全事象は同様に確からしくないため、\(\displaystyle \frac{1}{2}\) というのは誤りということになります。 もし、東大が「受かる」と「落ちる」と書かれた同数の紙を箱の中から引いて合否を決めているのであれば、先ほどの「受かる」と「落ちる」の起こりやすさが同じということになり、全事象が同様に確からしいと言えるので、\(\displaystyle \frac{1}{2}\) は正しいのですけどね。 確率は単純に \(\displaystyle \frac{場合の数}{場合の数}\) とは違うのですね。 「場合の数」と「確率」は厳密には違う普段、指導者側も「場合の数・確率」と言ってしまいがちですが、厳密には「場合の数」と「確率」は違います。 もう少し実践的なお話をします。 例題 袋の中に \(99\) 個の白玉と \(1\) 個の赤玉がある。 この袋から \(1\) 個玉を取り出すとき、赤玉が出る確率を求めよ。 「バカにすんなよ」と言われそうですね。 もちろん答えは \(\displaystyle \frac{1}{100}\) です。 ここで一つ訊きますが、なぜ分母を\(100\)にしたのですか? 無意識に、\(99\) 個の白玉を「区別して」考えていますね? 白1、白2、白3、\(\cdots\) 白99 などと番号をつけるなどして、区別することで、この \(100\) 通りの起こりやすさが同じとなり、同様に確からしいということになります。 これを「白をとる」「赤をとる」という2通りだから \(\displaystyle \frac{1}{2}\) とやるのは、先ほどの東大の過ちと同じことをやっていることになります。 ではなぜ、\(\displaystyle \frac{1}{100}\) が正しく、\(\displaystyle \frac{1}{2}\) が間違いなのかについて、もう少し深く考えてみたいと思います。 確率は自然現象まず、認識していただきたいのは「確率は自然現象」であるということです。 先ほどの玉の数を少し減らして、 例題2 白玉\(2\) 個、赤玉\(1\)個が入っている袋から玉を \(1\) 個取り出すとき、赤玉が出る確率を求めよ。 という問題にします。 もちろん\(\displaystyle \frac{1}{3}\) が正しく、\(\displaystyle \frac{1}{2}\) は間違いです。 例えば、「この袋から取り出して色を確認して元に戻す」という作業を 100 回やったとします。 何回ぐらい赤が出るでしょうか? 30 回ぐらいでしょうか? 28 回ぐらいでしょうか? もしかしたら15 回ぐらいになることもあるかもしれません。 (まさかとは思いますが、33回になるとは言い切れませんよ) ただ、この試行回数を1000回、10000回、100000回と増やせば増やすほど、試行回数に対する赤玉が出る割合は \(\displaystyle \frac{1}{3}\) に近づいていくわけです。 つまり、確率とは 試行実験の結果 という自然現象です。 玉を区別するとか、区別しないとかは、場合の数においては作者の思うがままです。 区別したときは何通りですか → 3通り 区別しなかったら何通りですか → 2通り しかし、確率において 区別したときの確率は? 区別しなかったときの確率は? そんな問題文あり得ません。 「この2つの白玉は同じだ同じだ同じだ \(\cdots\)」と思いながら 10000 回取り出したら 5000 回ぐらい赤玉が出るのでしょうか? そんなことはありません。 どう思おうが 10000 回取り出したら 3333 回ぐらい赤玉が出ることになるわけです。 もう一度言います。 確率は自然現象。区別するしないの権限は問題の作者にすらありません。 これが鉄則であり、これにより、全事象の起こりやすさが同様に確からしくなるわけです。 この確率の原則が、本問を考える際にも効いてくることになります。 ①:分母と分子を同じ概念で数える ②:全事象は同様に確からしく数える 上で解説した、確率における原則に基づいて考えていきます。 逆に言えば①、②を守れば、あとは自分が考えやすいように考えてもよいということです。 そのあたりについては解説の中でご確認ください。 解答はコチラ 解決済み 「同様に確からしい」という言葉はどういう意味ですか?場合の数と確率のところで出てきました。ベストアンサー「同じように起こる可能性がある」という意味を 数学では「同様に確からしい」という言葉で表現します。例えばコインを投げるときに表が出るのも裏が出るのも同程度と期待されます。 表だけが多く出て裏がちょっとしか出ないということはありません。コインの表が出るのも裏が出るのも「同様に確からしい(同じように起こる可能性がある)」といえます。 また、さいころをふるときに1,2,3,4,5,6のどの目が出るのも同じ程度であると期待されます。よって、さいころをふったときにどの目が出るのも「同様に確からしい(同じように起こる可能性がある)」といえます。 そのほかの回答(2件)簡単に言うと「起こりうるすべての結果のどれが起こる可能性も全て等しい」ということです。「同様に確からしい」の定義 「1つの試行において、根元事象(これ以上細かくは分けられないように細かく分けた事象のこと)のどれが起こることも同じ程度に期待できるとき、これらの事象は同様に確からしいといいます。」 (例) 「1つのさいころを1回投げるとき」 1,2,3,4,5,6それぞれの目が出る確率はすべて1/6で同じと考えられます。それはどの目が出やすいとは考えられず、どの目が出ることも同程度に起こると期待してよいことを表しています。このときを「同様に確からしい」と言います。 ★間違いやすい例:2枚のコインを同時に投げるとき,「1枚は表,1枚は裏となる確率」 →出方は①表・表 ②表・裏 ③裏・裏しかないから1/3。は間違い。なぜなら①~③は「同様に確からしくない」ためです。 この場合の根源事象は ①A表・B表 1/4 ②A表・B裏 1/4 ③A裏・B表 1/4 ④A裏・B裏 1/4 の4つあるのです。この4通りはどれが起こる可能性もすべて同じです。つまり「同様に確からしい」のです。 「1枚は表,1枚は裏となる確率」となるのは②+③で2/4=1/2です。 それぞれの根源事象が同様に確からしいときを考えること、きちんと根源事象を分類できることが確立を考える際のポイントになります。 同様に→程度が同じである確からしい→確率 「同様に確からしい」→「確からしさが同じ程度である」→「確率が等しい」 昭和55年以前は「確率」は全くの数学用語で、小学生にはその概念を説明するのに「確からしさ」という言葉が考え出されたと考えられます。小学校で「確からしさ」、中学校、高校で「確率」を習うものがそのまま中学・高校数学でも使われているのでしょう。 同様に確からしい確率の例は?例えばコインを投げるときに表が出るのも裏が出るのも同程度と期待されます。 表だけが多く出て裏がちょっとしか出ないということはありません。 コインの表が出るのも裏が出るのも「同様に確からしい(同じように起こる可能性がある)」といえます。
ある試行において,結果が「同様に確からしい」のは,どのようなときか?1つの試行において,根元事象のどれが起こることも同じ程度に期待できるとき,これらの事象は同様に確からしいという。 簡単にいうと,「起こりうるすべての結果のどれが起こる可能性も,すべて同じ」ということです。
同様に確からしいの具体例は?[10円玉を投げるとき]
(表だけが多く出て裏は少し,逆に裏が多く出て表は少し,ということはない。 表も裏も同じだけ出る。) →表が出るのも裏が出るのも「同様に確からしい(同じように起こる可能性がある)」といえます。
サイコロはなぜ区別するのか?確率の問題であれば、区別が必要です。 なぜなら確率というのは「出やすさ」を求めることが目的であるためです。 例えば、2個のサイコロを同時に投げて、1・1と出るのは、両方のサイコロが同時に 1/6 という確率を引き寄せて初めて実現するものです。 片方も1、他方も1なので、言ってみれば奇跡の産物なわけです。
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